幸田文は、父露伴を看取り、別れた夫を看取ったあと、文章を書いて身を立てるようになった。
いまは貧乏は消えたかにみえる世の中です。でも本当に消え去ったといえるでしょうか。そうは私は思いません。いまここにない、というだけのことで実はどこかに引籠っていると思うのです。
このごろ私はよく「また気がたるんでいるな」と思うことがあります。平安だと、とかく心がだらんとします。嫌です。休息や寛ぎとはちがって、無気力になるのです。平安で、しかもきりっと締まっていたいと思いますが、なかなかそうはいきません。緊張して暮らしていた過ぎた日々のことを思うと、あの頃には貧乏がいて緊張をうながしてくれていた、と思い出します。でもあれにまた出て来てもらいたいなど、そんなことは、ふるふるご免です。ただ、ほのかにないものねだりの「今ここにはない」淋しさを感じます。…
私はないものねだりを嫌いじゃありません。貧乏は義理にも好きとは申しませんが、貧乏のうながしてくれる緊張はなつかしく、今ここにある平安のだれよりずっといいと思います。
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百年前 (via ginzuna) |
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